大判例

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大阪高等裁判所 昭和50年(う)528号 判決

主たる事務所の所在地

大阪府吹田市藤白台四丁目二三番一号

商号

株式会社 井入工務店

代表者

代表取締役 井入龍男

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五〇年三月一九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人河合伸一から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 生駒啓 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河合伸一作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は原判決の量刑不当を主張するので、記録を精査して検討するに、本件は被告会社の代表取締役井入龍男が同社の業務に関し、第一、被告会社の昭和四五年二月一日から同四六年一月三一日までの事業年度において、その所得金額が一億五、九一九万九、五八七円で、これに対する法人税が五、四七八万二、六〇〇円であるのに、右所得金額のうち一億三、七三〇万六、〇五八円を秘匿し、所轄税務署長に対し、右事業年度の所得金額が二、一八九万三、五二九円で、これに対する法人税額が四六七万〇、二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により法人税五、〇一一万二、四〇〇円を免れ、第二、被告会社の昭和四六年二月一日から同四七年一月三一日までの事業年度において、その所得金額が一億一、七三一万一、六六四円で、これに対する法人税が四、〇三六万一、六〇〇円であるのに、右所得金額のうち一億〇、四三五万九、四九九円を秘匿し、所轄税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一、二九五万二、一六五円で、これに対する法人税額が二一〇万二、七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により法人税三、八二五万八、九〇〇円を免れたという事案である。原判決は本件につき被告会社を罰金一、九〇〇万円に処しているところ、所論は本件の罰金率(罰金額を逋脱金額で除したもの)が高すぎるというのであるが、所論引用の同種事案の罰金率の統計表によつても、本件の罰金率二一、五%強がやや高率の方に属するにもせよ、同表の同種事案の罰金率の範囲内に含まれていて、桁外れに高率であるとはいえない。そして原判示第一及び第二の逋脱の総計についてみると、逋脱税額は合計八、八三七万一、三〇〇円に達していること、その平均逋脱税率(逋脱税額の総計を正当税額合計で除したもの)が九二、九%弱であること、本件会社が実質上井入龍男の個人会社であり、本件逋脱は同人の他の事業に資金を投入する目的でなされたものであることその他諸般の事情に徴すると、所論の本件における捕捉率、捜査・公判における協力その他被告会社のために斟酌すべき諸点を十分考慮しても、原判決の量刑が不当に重すぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原啓一郎 裁判官 野間禮二 裁判官 加藤光康)

○控訴趣意書

被告人 株式会社 井入工務店

昭和五〇年(う)第五二八号 法人税法違反被告事件

右事件について、次のとおり控訴の趣意を申し述べます。

昭和五〇年六月九日

右弁護人

弁護士 河合伸一

大阪高等裁判所

第一刑事部 御中

本件は、原判決の量刑を不当とし、その是正を求めるため、控訴したものであります。

原判決の事実認定のうちには、一部、被告人および弁護人の考えと相違する点もありますが、いずれにしてもそれは罪となるべき事実のごとく一部分のことであつて大勢には影響がありませんので、御多忙中の貴裁判所をその程度のことでわずらわせることを差し控え、原判決に服することにいたします(同じ考えから、被告人井入龍男の控訴は本日取り下げました)。しかし、被告人に対する原判決の御量刑は、他の同種事案との比較のうえからも、また被告人の現在の境遇のうえからも、苛酷に過ぎ、被告人としてとうてい堪えられませんので、その是正を求める次第であります。

第一 他の同種事案との比較

一、罰金率の比較

法人税逋脱事件における法人の科刑状況は、いわゆる罰金率(罰金額/逋脱金額)によつて端的に示されます。そして、信頼できる資料によれば、大阪高裁官内で昭和四四年から四六年までの間に法人税逋脱事件につき言渡された第一審判決(計二八件)の罰金率は、次のとおりであり

この二八件の平均は、一八・八九%となつています。

これに対し、本件では、逋脱税額計八八、三七一、三〇〇円、罰金額一九〇〇万円でありますから、罰金率は二一・五%強であります。これは、右統計資料からしても明らかであり、貴裁判所にも認めていただけるように、同種事案中ではかなり重い部類に属するのであります。

二、本件の事情

しかし、本件においては、他の同種事案に比較して量刑を特に重くすべき事情は何もありません。かえつて、以下に述べるように、これを軽減すべき理由が多く存在するのであります。

(1) 特に高い捕捉率

被告人は、昭和四二年三月設立された株式会社であつて、いわゆる建売業をしていましたが、昭和四七年九月に全物件の販売を終り、以後は事実上休業しています(検察官の冒頭陳述書御参照)。そして、本件のため大阪国税局査察部の強制捜査を受けたのが、昭和四七年一一月二八日であります。

証拠(ことに田原礼子の昭和四八年四月一〇日付確認書等)によつて明らかなように、被告人の営業成績は、当初二年ほどは大したことがなく、四四年二月頃から急激に発展しています。しかして、そのもつとも事業拡張し、収益の多かつた昭和四四年二月一日から休業までの期間が正に査察の対象となり、そのうちの二年分が本件で起訴されたわけであります。

しかも、強制捜査着手時における偶然の事情のため、右期間における犯則所得は正に一〇〇%完全に捕捉されました(原審における被告人代表者の供述および同人の昭和四七年一一月二九日付査察官に対する供述調書御参照)。すなわち、当時、被告人代表者は別に経営する西武観光株式会社としてゴルフ場を建設することを計画しており、その用地を物色していたところ、兵庫県播州地方に候補地があるというので、一一月二八日の早朝、その視察に出かけました。しかして、その前日、視察の結果直ちに買収交渉に入ることを予想して、資金計画を検討するため、普段は銀行貸金庫に預けてある裏預金の証書・裏帳簿類等を全部、自宅に接続した被告人会社事務所に持ち帰つていたのですが、当日は、早朝に出発したため、これら証書・帳簿類をそのまま会社事務所に残していました。そこへ査察部の強制捜査が入つたわけです。このような偶然のいきさつから、被告人の犯則資料が捜査の当初に全部そのまま査察官に押収され、且つそれで観念した被告人がその後の捜査に全面的に協力したこともあつて、この査察対象期間の所得は、一銭一厘も残さず、完全に把握されたわけでもあります。

法人税逋脱事件において捕捉率が本件のように高くなることは、むしろ極めて稀な例であります。まず、法人はかなりの長期間にわたつて活動し且つ脱税を続けるもので、査察の対象外の期間の方が対象期間よりずつと長いのが通例であります。しかも、査察対象分についても、被疑者の側の資料隠匿や抵抗にあつて、とうてい一〇〇%の捕捉はできません。本件のように会社設立以来の全営業活動の大半について完全な捕捉がなされる例は、稀なのであります。

このような事情の結果、本件の捕捉率は、他の同種事案に比し著るしく高くなつており、重加算税等の行政罰は法令所定のとおり賦課されますから、その上に原判決のような高額の罰金を課されては、同種事案との比較において、ますます苛酷な結果となるのであります。

(2) 捜査・公判における協力

本件の全証拠および原審における審理の記録によつて明らかなように、本件発覚以来、被告人および弁護人は、衷心から恭順し、捜査および公判に全面的に協力して来ています。

捜査段階では、呼出を受けたときは必らず出頭するのはもとより、深夜に至る場合でも異議なく取調に応じ、所得計算については査察部の見解を尊重してこれに従いました。公判においても同様であります。弁護人が原審の当初から指摘していますように、本件で犯則金額として訴追されている金額は、理論上一つの妥当な数字ではありますが、会計学上は他の考え方もあるところであります。しかし、被告人および弁護人は、いずれにしても脱税をしていることには変りなく、そのような細い点で争つて査察官および裁判所に余計な手数をおかけするのは申し訳ないとの考えから、あえてこれを争わず、ただ情状として考慮されるようお願いして来たのであります。

しかるに、その結果、被告人らが争い得るところをあえて争わずに認めた逋脱金額に基づき、同種事案よりも重い罰金を課せられたのであります。

被告人らの気持をお察しいただきたく存じます。

(3) その他の事情

被告人の犯行動機は、検察官も認めておられるように、事業発展のための資本蓄積にあり、そのこと自体は社会的に是認されるべきものであります。他の事案に見られる如き、脱税によつて得た資金を消費・遊興に使用したというような事実はまつたくありません。犯行の方法は単純・消極的で、他の事案にあるような積極的偽装工作などの手段はとつておりません。

その他、本件の如何なる事情からしても、本件においては、他の同種事案におけるよりは軽い御量刑たるべきであり、原判決の如く他よりも重く科刑される理由はまつたく存在しないと信じます。

三、被告人の現状

前述のとおり、被告人は昭和四七年九月以来休業しており、収益はまつたくありません。

被告人代表者が原審公判廷で述べているように、被告人のこれまでの蓄積はすべて、貸付金または担保提供という方法で、西武観光株式会社に投入されています。この会社は、被告人代表者が、被告人の事業である建売業の将来を憂え、レジャー産業に転進するために設立したものですが、その事業資金として、被告人の本件犯則による蓄積が全部つぎ込まれているのであります。

ところが、その西武観光が、現在経営不振のどん底にあえいでいます。最初の事業であるボーリング場は、昭和四六年一二月にようやくオープンしましたが、好況が続いたのは半年足らずで、ボーリング・ブームが去るとともに急激に業績が悪化し、遂に本年一月これを閉鎖するのやむなきに至りました。

もう一つの事業であるゴルフ場の方は、昭和四七年、愛媛県越智菊間町に用地を求め、銀行借入金によつて買収を完了しましたが、ちようどそのころ、同県北条市内で同じくゴルフ場計画中の他の会社の贈収賄事件が発覚したため、同県内のゴルフ場の建設許可が約一年の間全部ストップされ、しかもその間ゴルフ場の建設規制が厳しくなる一方で、ようやく四九年五月に開発許可を受けたものの、いまだに工事を開始できない状況です。

右のような次第で、西武観光につぎ込んだ被告人の資金は現在完全にこげついており、無理にこれを回収しようとすれば、西武観光を倒産させることになります。税務当局もこの事情を了解して、原審で被告人代表者が述べていますように、徴税の猶予をして下さつている状況です。

同じく一、九〇〇万円の罰金でも、これを受ける者の財政状態によつて苦痛の程度は著るしく異なります。そして、罰金刑の目的は、その金額を収奪すること自体にではなく、それによつて被告人に適当な苦痛を与え、犯罪を防止することにあるのですから、被告人の財政状態をも考慮の一つに入れて、適切な量刑がされるべきであると考えます。そうだとすれば、原判決の量刑は、このような最悪の情況にある被告人に対し、同種事案を上廻る罰金を課し、必要以上の苦痛を与える苛酷なものであると言わねばなりません。

以上の理由により、原判決の量刑は不当であると信じますので、これを破棄のうえ、寛大な御判決をいただきたく、控訴に及んだ次第であります。

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